ある夏の終わりも近い日の夕方、現場も一日の作業が終了し、うす暗くなろうとしていました。今日で2階床配筋が完了。明日は配筋検査と床コンクリート打設という一大イベントの予定です。
一日の仕事が終わりかけ、やれやれとホッとするひと時でした。さて、現場事務所へ戻りますか、と先輩に声をかけます。しかし、5mほど離れた所にいた先輩は突っ立ったままで動こうとしません。どうしたんだろ、と近づいてみると様子がおかしい。普段はにこやかな顔が明らかにこわばっていました。
「下筋のピッチがおかしい・・・」先輩はぼそっと呟きました。
ええっ!と慌てて図面をめくり、床配筋を確認しました。図面では150mmピッチとなっているが、明らかに現場はそれ以上の間隔で配筋されていました。スケールであたってみるとなんとピッチは200mm。その部分だけでなくどうやら現場全部がそうなっていそうです。最悪です。
ど、どうすんやこれ、しかも下筋やし!明日朝イチから検査からのコン打ちやし!延期!?いや段取りどうするし??様々な考えが去来し、しばし頭の中はパニックに陥りました。
で、ふと横の先輩を見ると電話をしています。どうやら相手は鉄筋屋らしい。淡々と、今から何人か職人を連れてくるように、と話していました。こちらの指示に間違いはなく、鉄筋屋のミスなのでやり直すのが当たり前っちゃあ当たり前のことでした。
待つことしばらくして、オンボロのユニック車が到着。ん?ユニックだけ?他の車は?と嫌な予感が去来します。ありがたくないことにその予感は的中し、車から降りてきたのはたった一人だけでした。
オイ!親方のみじゃねえか!
ああ、この瞬間に私と先輩は職人になることが決定してしまいました。高齢の親方一人と素人が二人。現場はワンルームが10戸だったので、まあまあ大きい。目の前が真っ暗になりました。まあ周りもいいかけん暗かったけどね。
つーか、よりによってなんで下筋なんだよ!
と、やり場のない怒りが収まりません。まあ、嘆いたところでこの状況は変わらないので、投光器をいくつか足場にセットして作業開始しました。上筋の一部をばらし、そこから下筋をすべり込ませて結束していきます。鉄筋を運んで、すべり込ませて、結束する。ひたすら作業を続けました。
そんな終わりの見えない作業を続けて午後10時ごろになった時でしょうか、疲れて意識がぼんやりしている状況になっていました。で、ふと気が付くと親方がいないではありませんか。周りをうかがっても、どうやらトイレに行っている様子でもない。
なんと逃げやがったかあいつ、なんて無責任な奴なんだ、テメエ鉄筋突き刺したろか!
などと疲れているせいか、やたらと思考が攻撃的になっちゃいます。
どうすんだよとぶつぶつ言っていたその時、親方が足場の階段を昇ってのほほんと現れました。その両手には白い袋をぶら下げて。
状況が飲み込めずにぼんやりしていた私に向かって、「ごくろうさん、休憩しよう。牛丼買ってきたで」と親方は満面の笑みで言いました。
なんと差し入れを買ってきてくれたようです。おお気が付くねありがとう、という感謝と、そもそもお前がミスしたからこんなことになったんやんけ買い出しに行ってる暇あったらさっさと仕事せんかい、という怒りがごちゃまぜになった不思議な気分になったことを憶えています。
せっかくの牛丼はありがたく頂戴し、私たち3人はしばし休憩をとりました。
その時に食べた牛丼は、なんというか美味いというより、強い印象が残った現場の味がしました。
休憩すると気力体力が戻ってくるものです。残りの作業も見えてきたこともあり、三人ピッチを上げて会話もせずに作業に没頭しました。この頃には自分は完全に職人化していたことでしょう。作業はその努力のかいもあって、日付が変わるまでには完了することができました。
あー終わったわー
トラブルの処理が完了して、大きな達成感と安ど感にひととき酔いしれるわたくしでしたが、そこでふと思い出します。
あ!そういや明日コン打ちやったわあ!
一気に現実に引き戻されて、その上さらにひきずり落とされてテンション最低になってしまったとさ。おしまい。
教訓:現場の施工状況は逐次チェックをしないといけない
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